いじめの実体験、被害者の視点、当時の記憶

雑記

私はいじめに遭ったことがある。
中学一年生の頃だ。

当時は肌が荒れていたり、ふくよかな体型だったり、今よりも空気の読めない性格であったことが影響して、
いじめのターゲットとなった。

意味もなく殴られたり、勉強道具を分解されたり、ゴミを投げられたりと散々だった。
小学校の時はある程度仲の良かった人も、遊びの延長のノリでそういった行動をしてきていた。

“いじめられてる”と周りの人たちに思われたら終わりだと思って、
いじめてくる生徒に対してニコニコ返していた。
もし、ここで泣き出したり、卑屈な態度で返そうものなら、
ポジションが「いじめられっ子」で確定してしまう。
クラスの中で、少しでも普通の立ち位置になれる可能性があると信じて、
「あくまでこれは遊びだ」と自分に言い聞かせ、なおかつ傍観者達にもそう思ってもらうために、
ニコニコと返し続けた。

親にも“いじめに遭っている”ということを打ち明けづらかった。不安にさせたくなかったし、プライドもあった。
いじめを受けてから、親と会話する時間が増えた。

いじめを受けた子は成績が伸び悩む傾向にある、という話を大人になってから聞いた。
それも無理はないと思う。
なにせ学校にいるときに考えることは「今日1日をどれだけダメージ少なくやり過ごすか」ということに集約される。
私の場合は、勉強や部活に身が入らなくなっていった。

3ヶ月ほど粘って、夏休みに入った段階でいじめに遭っていることを打ち明けた。
二学期に学校に行ける気は全くしなかった。

元々不安定な傾向にあった親だが、そこから先はさらに不安定になったように思う。

当時は本当にきつかったし、何度となく親と喧嘩もした。親もきつかったと思う。

ただ、短い時間ではなかったがそれでも時間と共に私が少しずつ成長し、環境が変わり、親も安定し、今ではもうわだかまりは無い。
むしろお互い、昔より仲が良くなっているように思う。

フリースクールへ

いじめに遭い始めて3ヶ月ほどで学校を休むようになり、フリースクールのような場所に通うようになった。
親に喜んでもらうため・安心してもらうためという目的もあったし、
友達が欲しいという思いもあった。

浮きやすい性格故に嫌われることもあったし、きつい思いもしたが、学校と違ってなんだかんだみんな話してはくれた。
比較的仲の良い相手も見つかった。

この時代は勉強よりも遊びに熱中した。
ゲームやアニメ、スポーツなど。
フリースクールで、当たり前のように遊べる相手がいたのが心地よかった。

その数ヶ月後、中学2年の春。
「学校に戻ってほしい」という通達がフリースクールから私たちに届けられた。
一応そのフリースクールのような場所は「学校に戻ること」を目的としている以上、
保健室登校でもいいから学校に戻ってもらいたい…ということなのだろう。
そういう結果がないと、“何をしてるんだフリースクール”という風に追求されかねないところもあったのかもしれない。

私を含めそこの生徒達は渋々、学校に戻ることを選択した。

4月、別室登校という形で学校に復帰した。
別室登校をしているのは私一人のようで、意外と他にいじめられっ子はいなかったんだな…と思う。
孤独ではあったが、いじめられるよりはマシだった。

一度だけ、教室に戻ったことがある。
親に喜んでもらうためだった。
2時間目の授業だけ、まず入ってみるというチャレンジだった。
当然友達が同じクラスにいたわけではない。
というか学年が変わってクラス替えも行われる中、その日まで教室登校していなかった私は、誰がこのクラスにいるのか名前も顔も知らなかった。
そんな状況でよく、1時間だけでも教室に行こうと思えたものだ。
何かが変わる、と思ったのかもしれない。
親が喜んでくれる、自分は進歩してるから大丈夫、と思いたかったのかもしれない。

一年にわたり一度も教室登校をしていない私でも、学年が変わりクラスが変わっても、
私の席は教室にあった。

2時間目が始まる直前に教室に入る。あの時の周囲の奇異の目はよく覚えている。

(いや、厳密には表情は覚えていなくて、周りの雰囲気だけなのだが)

当たり前だ、一度もその席に座ったことのない奴が突如やってきたのだから。
今自分で思い出しても、自分に対して共感性羞恥のようなものを感じてしまう。
本当に、よく戻ろうと思ったものだ。
そこから1時間授業を受けたはずだが、本当に記憶にない。

ただ、もうそれ以来教室に戻ろうとは思わなかった。

…と、以上が今回の“いじめの記憶”である。
私が主にいじめにあったのは中学1年の3ヶ月ほど。
そして最後にこの学校の教室に入ったのが、中学2年の一学期ごろ。
間違いなく、人生で1番きつかった時期がこの一年半ほどだ。

今回の記事を書いていて感じたのは、
いじめに遭った一年後に、1時間だけクラスに戻った時の記憶を思い出すのが想像以上に苦しい、ということだった。
共感性羞恥系の体験はこれだから困る。

というわけで今回の記事は以上である。

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