【原因と特徴】自暴自棄?「無敵の人」とは【人生リセット?“ジョーカー”?犯行をどう止めるのか】

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みなさんこんにちはこんばんはゆきるりです。

今回は「無敵の人」について。

無敵の人

「無敵の人」とは

一言で言ってしまえば「失うものが何もない人間」のこと。

社会的な地位がなく、失って困る職やお金も持たず、関係が途絶えて悲しむ友人や恋人もおらず、

その上で犯罪を起こし一般人に危害を加えることに何の抵抗も抱かない人物を指します。

あるいは「大切に想っているものはあるけれど、それすらストッパーにならないほど現実が苦痛である」場合。

元々は2008年ごろ、ひろゆき氏のブログの中から飛び出た言葉でした。

逮捕されると、職を失ったり、社会的信用が下がったりします。

元々、無職で社会的信用が皆無の人にとっては逮捕というのは、なんのリスクにもならないのですね。

花輪和一さんの刑務所の中とか読んじゃったりすると、「刑務所の中もそんなに悪いとこじゃないのかもねー」とか思っちゃったりもするかもしれません。(中略)

でも、現在はインターネットを使った犯行予告をすることで、警察官を特定の場所に動員したり、飛行機を遅らせたり、警備員を走らせたりするぐらいの発言力が手に入ってしまっているわけです。

彼らは、それなりの社会的影響力を行使できる状態にあるのですね。

でも、欲望のままに野蛮な行動をする彼らを制限する手段を社会は持っていなかったりするわけです。

ちなみに個人的に、こういう人を「無敵の人」と呼んでいたりします。

【出典:ひろゆきの公式ブログ】

“無敵の人”と“ジョーカー”

しかし時が経ち2013年の黒子のバスケ脅迫事件や2019年の川崎19人殺傷事件により「無敵の人」の存在が認知され始めることに。

また2021年、京王線刺傷事件の犯人が「(映画に登場するキャラクターである)悪のカリスマ・ジョーカーに心酔した」という話をしたことから、

“無敵の人”だけでなく“ジョーカー”という呼称も生まれました。

「無敵の人」に法の裁きは効かない

もちろん「失うものが何もない」人間の全員が全員犯罪に手を染める、と言うわけではありません。

ネット上を荒らす、という比較的被害の小さい行動に出る「無敵の人」も存在します。

ただし中には

「元々自分は金も地位も持たないし」

「仮に自分が何かをやらかして逮捕されたとしても、刑務所の中の方が今より良い暮らしが出来そうだな」

「なんなら生きてるのは辛いし死刑になるようなデカイ犯罪でもするか」と考え実行する人もいます。

こうした「無敵の人」に対しては法の裁きも社会の非難もおそらく大したダメージにはならないでしょう。

中には「なんてことを自分はしてしまったんだ」と後悔する人も居るかもしれませんが、

むしろ「ああ、やっと生きづらい世の中から離れることができる」という解放感や、「自分は大きなことをしてみせたんだ」という達成感すら味わう可能性すらあります。

つまり「無敵の人」に対してそもそも法は大した抑止力にならず、

罪を犯した後には「死刑によってこの世界から解放される」という「無敵の人」の願いを叶える役割すら法は果たしてしまうことになるのです。



「無敵の人」の犯行を止めることは難しい

法により「無敵の人」の犯行を止めることは難しい、という話をしましたが

では法以外では止めることが出来るのでしょうか。

結論から言うとこれも非常に困難であると考えられます。

「無敵の人」の犯行がこれまでいくつか行われてきましたが、

その多くが「両者に直接の面識は無いものの、自分より成功している人間や未来がある人間を潰そうとする」という犯行。

つまり接点が無い以上事前に犯行を察知することが難しいのです。

例えば通勤や通学、遊びに出かける電車やバスの中で隣の人間が実は「無敵の人」で、同様の犯行に走ったとしても

我々はそんな事を想定しようがありませんよね。

それを未然に防ぐとなればなおさら、

「無敵の人」が犯行を決意したが最後

本人以外の要因でそれを止めることはほぼ不可能と考えていいでしょう。

「無敵の人」への対策

では「無敵の人」への対策は何が有効なのか。

自暴自棄がエスカレートしており矯正は困難を極め、カウンセリングも長期化するのが現状。

他者からかけられる言葉は「所詮は他人事の言葉」あるいは「自分を傷つける言葉」と解釈しコミュニケーションも円滑に進まないケースが多くなります。

となると今度は「無敵の人」になる条件の部分を考えることが重要となります。

つまり「無敵の人」が「自分には何も失うものはないのだ」と感じることがないようにさせてしまう、ということですね。

(具体的、現実的なアイデアは限られてくるでしょうが)

例えば社会的な繋がりを持たせ孤立を防ぐことで「ああ、これを失うのは嫌だ」と思う存在をつくってもらう、というのは有効であるように感じます。

他にも教育制度や福祉制度を更に充実させて少しでも希望を抱いて生活を送ってもらうなど、

「犯行を止める」というよりは「そもそも無敵の人にさせない」といった対策が現状最善と言えるでしょう。

そしてそのために変えるべきは「無敵の人」予備軍というよりは社会の方、ということになってきます。

「無敵の人」の根本の解決をするためにはやはり環境から変えていく必要があると考えられます。

というわけで今回はこのあたりで記事を締めます。

また次回お会いしましょう、さようなら。

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