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【死刑求刑が妥当かどうかについて】「際立って残虐とは言えない」新潟 小2女児殺害事件 被告に無期懲役判決まとめ【殺人の小林遼被告】

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みなさんこんにちはこんばんは雨崎です。

今回は新潟 小2女児殺害事件 被告に無期懲役判決 新潟地裁について。

新潟 小2女児殺害事件

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2018年5月、新潟市西区の小林遼被告(25)は小学2年生の女の子(当時7歳)を車ではねて連れ去りわいせつな行為をしたうえ、

首を絞めて殺害し線路に遺体を遺棄したとして殺人などの罪に問われました。

裁判ではまず被告に殺意があったかなどが争点となり、

検察が「被告は捜査段階で5分以上首を絞めたことを認めている。まれにみる非道な犯行で結果は重大であり生命軽視の度合いは甚だしい」として死刑を求刑したのに対し、

弁護側は「女の子を気絶させる目的で殺害は意図しておらず、犯行はずさんで計画性はなかった」などと述べ、

「殺人罪ではなく傷害致死罪に当たる、重くても懲役10年の刑が妥当」だと主張していました。

これについて新潟地方裁判所の山崎威裁判長は「女の子を気絶させる目的だったとしても首を絞める行為は人が死ぬ危険性が高いと認識していた」と指摘し、被告に殺意はあったと認定。

そのうえで「抵抗できない弱者を狙った無差別的な事件で結果は重大だが殺害の計画性は認められない。同様の事件と比べて際立って残虐とは言えず死刑を選択するのにやむをえないとは言えない」として、

無期懲役を言い渡しています。

判決の言い渡しのあと山崎威裁判長は被告に対し「残念ながらこれまでの裁判では、反省の態度がご遺族や裁判官にも伝わらなかった。

自分のしたことの重大性を本当に理解し、それと向き合うことから更生が始まるが、被告人はまだその出発点にも立っていない。

自分のしたことの重大性を本当に理解できた時、その日が更生の出発点になる。1日に1回被害者のために手を合わせていると言っていたが、1回と言わず何度も何度も手を合わせ、土下座してほしい。

生きて罪を償うことになった以上、命が尽きるその瞬間まで、謝罪の気持ちを忘れず、いつか更生の出発点に立って、少しずつ立ち直ってほしい」と話しました。

死刑ではなく無期懲役となった理由

さて今回の判決において、ネット上では「なぜ死刑じゃない?裁判官がおかしい」といった意見が溢れています。
まず前提に示しておきたいのが、最高裁は平成27年に、仮に裁判員裁判でも死刑を選択するには過去の裁判例を踏まえて判断しなければならないとする決定を出しています。

そしてそもそも過去の殺人事件において被害者が1人の場合は基本的に無期懲役の判決が多く、
また10年前に裁判員裁判が始まってから幼い子ども1人が殺害された事件で死刑が確定した例はありません。

ここがまず一点。

「殺人」と「殺人以外の行為」

次に「殺人」と「それ以外の行為」は切り分けて考えなければならない点。
仮に被害者が1人でも生命軽視が甚だしいケースでは死刑が選択されることも当然ありますが、
一方で今回のケースでは、性的暴行や電車に轢かせたりするといった行為は死体損壊・遺棄罪等、「殺人」の行為とは切り分けて考えることになります。

その上で死刑を争う程の過去の重大事件・判例と比較し、
死刑に相当するかどうかが見極められることとなります。

そして何よりここが重要なのが、裁判官達は何も私情等を挟んで、被告を擁護しているわけではない、という点。
死刑に関するこれまでの基準に沿って、裁判員や裁判官が議論を尽くした上で、慎重な判断がなされたものと考えられます。

ネット上では「この判決を下した裁判官の家族が同じ目に〜」「裁判官がかつて極悪人だったからこういう判決を下せるのでは」など、何の根拠も無い恐ろしい言葉が平気で飛び出ていますが、
これらの投稿は名誉毀損をはじめとした罪に該当します。

名誉毀損とは?

『事実を摘示することによって相手の社会的評価を低下させること。

名誉毀損罪は刑法230条に規定されている犯罪であり、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金刑に科されることになります。』

「ネットには何を載せても大丈夫」「ネットだから余程のことじゃなきゃ特定されないだろうし罪にも問われないだろう」という方も中にはおられますが、

特定行為が難しいのは特定能力の低さや捜査権限が与えられていない一般人の場合であり、

警察にとっては一般人のそれよりも遥かに容易に特定が可能です。

問題とされている投稿のIPアドレスからプロバイダを割り出し、その契約者情報から使用されたパソコンやスマホなどを特定すれば、検挙は容易です。

これら一連の捜査は当然水面下で行われますから、

気づけば警察が家のチャイムを鳴らしている、という事になります。

インターネットはあくまで現実の一部であり、

Twitterは不特定多数に向けて発信する場であることを再認識する必要があると言えるでしょう。

友人や家族との会話や、また心の中で考える分には問題はありませんが、

Twitterは「不特定多数の人間が投稿を確認する場」であり、

投稿する際には注意が必要です。

声を上げるのであれば個人にではなく

さて、仮に今回の判決に対してネット上で不服の声を上げるとすれば、
判決を下した裁判官は過去の判例から決定を下さざるを得ない、という事情を考慮したうえで、
裁判官個人に怒りを向けるのではなく、裁判のあり方そのものに対し「過去の判例に縛られないよう基準の見直しを」と冷静に意見を求めるのが妥当でしょう。
とはいえ、「過去の判例にとらわれない」ように基準を作り変えていくのは当然容易なことではありませんし、
「過去の判例と比較せずに、全てのケースで裁判官の裁量のみで判決を下していく」となるともはや裁判自体が成り立たなくなりますが。

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