【コトシュ遺跡】古代アンデス文明について【チャビン・デ・ワンタル】

世界史

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  • 古代アンデス文明について

ナスカの地上絵やインカ帝国を生んだ古代アンデス文明。現在発見されている中で最古の遺跡は紀元前2000年ごろのコトシュ遺跡
    コトシュでは「交差した手の神殿」と呼ばれる石積みの遺跡の中央には炉床があり、火を燃やす儀礼が行われていました。
   コトシュの神様がどのようなものかは不明です。その次に神様として祀られたのはジャガー神。皆さんもご存知、あのネコ科のジャガーです。
   紀元前1800年ごろの北部海岸のクピニスケ文化の神殿ではジャガーの文様が描かれているように、
   このジャガー信仰はアンデス一帯に広がり、チャビン・デ・ワンタルの大神殿(ジャガーと鳥が一体となった不思議な生き物が彫られている)は結実しました。
   たしかにネコ科の動物は可愛いですしね。私もいつもぬこ様を崇拝しています。
はい。彼らが崇拝していた理由とは違う理由で崇拝しています。

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  • インカ帝国誕生まで

    しかし紀元前500年ごろからこのような神殿は放棄され、ネコ科の動物に対する信仰は薄れていきます。みんな急にどうしたんや
   以後1000年間はナスカをはじめ、諸地方の神々が栄えることとなりました。
   そんな中ワリの神々が誕生し巨大な帝国となり、地方国家の時期に入ります
   ​この地に根ざしていたモチェ(1つ〜2つの谷にまたがり、いくつかの国家の形態をなしていた。鐙型注口土器と黄金やトゥンバガ細工などの副葬品で知られる)が滅び、
その後生まれたシカン(モチェ文化の末裔)は生死を司る全能の神を奉じました。
    またシカンを征服したチムーも、独自の神を祀っていました。
   インカの征服が始まる15世紀まで、アンデスにはこれらを代表とした90の部族や王国がありました
   色々な文化があったんですね。
    そして15世紀には太陽神を奉じるインカ帝国が誕生します。
   これに伴い、コトシュ以後3500年に渡り続いたアンデス諸文化は滅亡、そしてこれは神々の滅亡ということでもありました。
   神は死んだ
それでは今回はこの辺りで記事を締めたいと思います。
また次回お会いしましょう、さようなら。
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