【楔形文字】シュメール文明について【ウバイド人】

世界史

みなさんこんにちはこんばんは雨崎です。

今回から世界の歴史に目を向けて記事をまとめていこうと思います。

 

とはいえ興味がわかない人にとっては死ぬほど興味がないテーマだと思うので、出来るだけわかりやすく要点を押さえて記事にしていこうと思います。
世界史って面白いですよ。

 

後は「私世界史全然出来ないけど、大人になってから聞くのも恥ずかしい」という方。
是非とも見ていってください。

 

記念すべき第一回はシュメール文明について。

  • 粘土文化に代表されるシュメール人

まずはじめに。

古代エジプト文明が石の文化だとするなら古代メソポタミア文明は粘土の文化

今回は古代メソポタミア文明の南部、シュメールについての記事となります。
メソポタミアと聞くと「ああ!あのメソポタミア!」と聞き覚えのある方もおられるのではないでしょうか。
そうです。あのメソポタミアです。
メソポタミア南部は雨が少ない乾燥した地域であり、
鉱物を一切産出せず、また大きな洪水に巻き込まれたりと、やや厳しい環境にあります。
私は絶対住みたくありません
にも関わらず、シュメール人は日干しレンガで神殿や住居を建て、人類最古の文明を築き上げました
すごいですね。(小学生並の感想)
  紀元前3100年ごろにはウル、ウルク、エリドゥ、ラガシュ、キシュなどの都市は大小の運河を整備し、
かつ神殿と城壁をもつ都市国家として出現していました。
その都市それぞれが守護神を持ち、近郊の農地から大麦を中心に豊かな収穫を上げていました。

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  • 文字の使用を始める

シュメール人の画期的発明として、文字の使用が挙げられるでしょう。
最初は素朴な絵文字でしたが、いくつかの段階を経て、紀元前2500年ごろには楔形文字が各都市で使用されていました。
歴史上最も古い文字ということですね。
粘土板の上に葦(アシ。イネ科ヨシ属の多年草)の茎を押し付けて描くこの文字で、
人類最古の文学である「ギルガメシュ叙事詩」(実在していた可能性のある古代メソポタミアの王ギルガメシュを巡る物語)
の原型や神殿経営の実需を示す大麦の給付量や家畜の頭数など、
様々な数字の計算が行われてきました。

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  • シュメール問題

シュメール人がどこからメソポタミア南部にやってきて、彼らが話していたシュメール語がどのような言語系統に属するか、その一切が謎に包まれています。(シュメール問題​とよばれるもの)
要するにシュメール人は色々と謎なわけですね。ミステリアス
旧約聖書の創世記にはノアの子孫たちの移動に関して、「その時人々は東から移動してきて、シヌアルの地に平地を見つけ、定住した」との記述があり、
このシヌアルの地こそ、シュメールを指すと考えられています。
この説や土器の比較からも、シュメール人の故郷とはシヌアルの地、つまりイラン南西部である説が有力。
……な一方で、ペルシャ湾を渡ってきた漁労民族とする説も出ています。
    考古学的にはメソポタミア北部の初期農耕文化との共通性を指摘されることもあり、そのルーツは謎に包まれています
要するに出生地も絞り込めていないわけですね。ミステリアス

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  • ウバイド人とのつながり

  シュメール人がメソポタミア南部に住む前、既に住んでいた先住民族であるウバイド人とシュメール人とのつながりも気になるところ。
   メソポタミアにはシュメール語では理解できない地名がいくつかあり、これがウバイド人に関する言葉であると考えられます。
   シュメール人の粘土板の記録ではたびたび各国の地名が登場します。
   ディルムン、マガンなどの謎の地名もあり、(一々謎が多い)
これらの土地から石や材木、金銀を輸入し、シュメールからは穀物を輸出して交易を行っていたようです。
   決して国を閉ざしていたわけではないわけですね。
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